9/30に開催された、"永青文庫「歌仙兼定登場」連携企画 『プロダクトデザインの視点から切る、日本の刀剣』"を聴講したメモ。
かたちと機能と製造技術
まずはインダストリアルデザイナーの山中俊治先生のお話。当日、永青文庫で展示を見てスケッチしたりしてから来られたとのこと。
- 工業製品は、格好良くするだけでなく、機能性が必要
- カーブが大事。素材(金属など)の性質や加工方法を知っていないといいカーブはできない。
- SUICA改札のように*1、はじめて使う人のためのデザインも工業製品には必要。プロしか使わない刀には必要ないと思うけれど。
- 義足。失われたものの補完という方向はとても難しい。本物には届かない。
- 逆に、人工物としてかっこいいものを目指している
- 高速走行中、人間の足首はほぼバネの役割しかしていない
- 実用一点張りでもよさそうだけど、スタジアムで見る人のことも意識すると、美しくあるべき
- チタンは、地球上に量はたくさんある。銅の10倍はある。純チタンへの加工が大変。100年前のアルミニウムと同じ。
「美術史」とは
続いて、京都国立博物館および東京国立博物館の研究員*2末兼俊彦さん。
- モノ「の」歴史を語る、のではなく、モノ「から」歴史を語る
- 型式学(かたしきがく)と様式論(ようしきろん)
- 型式学:時間的、空間的に正確な秩序を与えて分類。当時の制約、一定の発展の法則にしたがって変化する
- 様式論:形態や表現形式といった外形から分析。個人や集団、時代に特有の色、形、構図から分類。「××風」
- 刀剣についての研究は様式論にすらなっていない
- このふたつに、金石文や各種文献などの文字資料、科学分析で技法の解析や見えない部分の解析をしていく
- 文字資料は少ない。江戸時代に古刀について書かれた文献などは、資料にできない
- 科学アプローチ
- 大鎧のCTスキャン→鉄と革の使い分けとかを非破壊で調査できる(昔は爪の先でさわって判断していた。たまに破損したとか)
- 「かたちの始まり」をみつける
対談1: プロダクトデザインの視点で刀剣を鑑賞
- 刀によって反りが違う。先反り、腰反り、鳥居反り*3
- 刃のノコギリ効果で切れると思われていたけど、ここ10年の研究でクサビ効果が大きいと言われだした
- 反りがある方が対象物から見た面のクサビが大きくなる(山中先生のツイート参照)
- 腰反りは馬上で使うもの。太刀に多い。一人では抜けない長さのものも。
- 徒歩で使う時代は先反りになってくる
- さらに時代が下がると、突き(技)に最適化されて反りがなくなってくる
- 焼入れで出るひずみで反りを入れるが、刀工によってコントロールされている。ただし刀工の意志で反りを決めるのではなく、ユーザの意見で決定される。刀工が性能を求めるより、ユーザの好み・見た目が優先される
直刀の場合、対象物は刀に対して垂直に当たるけれども(矢印A)、反りがあると斜めに当たることになる(矢印B)。それぞれの方向の断面A、Bは左下の図のようになり、見かけ上Bの方がより鋭い断面で対象物に当たることになる。(反りの効果についての末兼さんの解説を会場で視覚化) pic.twitter.com/6S6E0kjWCB
— 山中俊治 Shunji Yamanaka (@Yam_eye) 2016年10月1日
- 兼定
- 透かし鐔、繊細。持ち手の保護が目的なので強度はそれほど必要ない*4
- 柄巻き。鮫皮は、本来は柄をくるむように巻くが、貴重なので見える部分だけ入れたものもある(短冊着せ)
- 目貫は装飾。本来は目釘穴を覆うものだったが、関係なくなった
- 武蔵拵えなど、柄の中央を絞って柄頭が太くなっている。立鼓(りゅうご)を取ると言う。持ちやすく実用性が高い
アカデミーヒルズの「刀剣鼎談」の2時間ほど前に永青文庫に行って、「間もなく閉館の時間です」と言われながらiPadに速描きした「歌仙兼定」。赤字は鼎談の中で説明用に書き加えたもの。#YamSketches pic.twitter.com/pTbxTpfKoF
— 山中俊治 Shunji Yamanaka (@Yam_eye) 2016年9月30日
- 軍刀
- 粗悪品のイメージがあるが、大戦末期などに粗悪品もあったことは確か
- 低温対策などの、実用性の研究・対策は古来の刀より進んでいた。水でなく油で焼入れするなども採用。
- 美術品的には、日本刀からは外して考えている
- 豊後行平などでは、鍔元近くを焼入れしない(焼き落とし)。刀身が柔らかいままなので折れにくい(後述)。磨上げで削れてしまうけど。
対談2: 未来の展示はデジタルでどう変わる?
- 2020年問題、海外のお客様対応。多言語。どうやって説明するか。非言語で、映像や音で説明できないか?
- 構造、木組みを映像で見せる。
- 刀の展示、回り込んで見られないのが不満。彫刻なども周囲から見回したい。映像で勝手にまわられても嫌で、自分でまわりたい。
さあカーテンコール。歌仙兼定のアンコール2カットに、切先側から見た古今伝授の太刀(山中俊治さんに「こっちの角度から見られないのはねー」と言われちゃいましたからね)、そして図録に載ってない! とお叱りいただいた正宗短刀拵です。 pic.twitter.com/5rJ46xNtve
— 永青文庫 (@eiseibunko) 2016年10月2日
切先側から見ると手元の強い湾曲と先端の方の伸びやかさがよくわかりますね。ちなみに末端から全長を透かして見るのは、緩やかなカーブの性格を知るための基本です(車とか)。 https://t.co/F9AS80VEyG
— 山中俊治 Shunji Yamanaka (@Yam_eye) 2016年10月3日
- オルソスキャナ*5
- 刀のような長いものは遠くから撮らないと歪みが出るが、歪まず高精細な画像が撮れる。今回の図録の写真もこれで撮影。
- 歌仙兼定は、モアレが出たり刀身が黒っぽくなったりとかした。原因不明。呪い?
所感
90分があっという間でした。中でもメインの、山中先生が工業デザインとしての日本刀の形について感じたことや疑問を末兼さんが答える対談はとても興味深く、樋の話とかも聞きたかった*6。
なかでも、反りによるクサビ効果の話は初耳で、ずっと、反りによって刃と対象の当たる距離が増える+ノコギリ効果(寝刃合わせ)だと信じていました。
自分の日本刀に関する知識が20年前くらいで止まっているので、改めて最近の研究成果を勉強していきたい。とうらぶ人気のおかげで今回のようなイベントも増えているわけで、乗るしかないこのビッグウェーブに。
なお、日本刀の素材や軍刀については、『月刊秘伝』での大村紀征氏の連載『真説"戦う日本刀"』が大変興味深いです。
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同誌では、昨年、日本刀特集記事もありました。
- 作者: 東口敏郎,島津兼冶
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最後に、焼き落としの話で「刀は腰のあたりが弱い」という話があったので、今年の冬に折れた模造刀の写真を。合金かつ鋳物なので真剣と比べて脆いため、斬ったり受けたりしなくても長く*7使っているとこうなります。