西洋甲冑勉強会・第1回*1に行ってきました。 「勉強会」と銘打たれていますが、昨年秋出版された書籍『西洋甲冑入門』をベースに著者自ら質疑応答&雑談するという、気楽な雰囲気のもの。
参加者も、絵描きさん・歴史好き・ヘヴィファイト競技者と様々、質問の方向性も様々で、とても楽しい会でした。
- 作者: 奥主博之,渡辺洋三,奥主詩乃,新沼アオイ,末弥純,大塚正輸
- 出版社/メーカー: アッシュ・クリエイティブ
- 発売日: 2017/09/05
- メディア: 単行本
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この書籍自体、とても奥深く複雑な「西洋甲冑」の世界に、まさに「入門」するための基礎知識が整理されて書かれたものです。内容のレベル的位置づけは著者様のブログエントリにも書かれています。
以下、時系列でなく、ある程度カテゴライズしたメモ書きです。書籍の内容を前提で書いていますので、説明の足りないところはぜひ書籍を買って合わせてご覧ください。
紹介されている鎧について
掲載されている中で、馬上鎧のウェイトが歩兵鎧に比べて大きいことについて。
- 数としては、粗末な歩兵鎧はたくさん作られたが、現存していないか、美術館のバックヤードに眠っている
- 粗末なものは、鉄材として潰された。当時鋼鉄は高価であり(現在のチタンくらい?)、鎧の制作費の半分ほどが材料費だった
- 残っていても、痛みなどを修繕して展示するほどの集客力もないため死蔵される
- 貴族・騎士が高価な鎧を作り、戦場および馬上槍トーナメントで使用したものが現存している
- 戦場用・トーナメント用はコンバーチブルであり、パーツを付け替えて同じものを着用するのが多かった
槍掛(ランスレスト)
p.13の写真などの右胸についている槍掛の使いかたについて。
- 馬上槍は時代とともに長くなり、十字軍末期に3〜4mほどになるとかなり重かった
- 右脇に抱え持った状態で右胸の槍掛に置くことで胴鎧に重さを預けることができ(腋窩と槍掛の二点で支える)、右手でコントロールできた
- 槍の穂先は左前を向く。相手とは右側通行ですれ違い、左の敵を攻撃する
- 当初は左手の盾に切り欠きがあり、そこに乗せたりもした
- 16世紀ごろには槍掛が当たり前に
- 現存する鎧のうち、半数ほどは紛失して取り付け穴だけ残っている
p.52の右側の絵、右肘の後ろに描かれてるものは何か。
- 槍掛の補助具。槍掛から後ろに70cmくらい突き出ている。腋窩でなく、ここと槍掛の二点で槍を支える
- この鎧は馬上槍競技専用で、15kgくらいの折れない槍を使うレギュレーション
- その他、安全性向上のため非常に厚いプレートで、左腕などは固定されて動かせない
マクシミリアン式甲冑
- このタイプが作られたのは、1505〜1525年の20年間くらいしかない。昆虫でいうとサナギのような期間
- 近接武器に対する防御力のピーク
- 1520年ごろ銃が量産され(イタリア戦争後期*2)、鎧はルネサンス式が主流となる
- これに並行して兜もアーメットからバーゴネットに移り変わる
- 近接戦闘が減り、広い視界が必要となった
- しかし、顔の防御と広い視界はトレードオフなので、その後もトレンドは繰り返された
青み付け(ブルーイング)
p.39左上のような青み付けについて
- 現代(19世紀以降)は、薬品を塗って焼くことでキレイな青になる。車の改造マフラーなどに見られる。
- 当時はヒーティング(炙る)だけで青くしていた
- 青になる特定の温度で炙る技術が必要だった
- 金メッキには、金アマルガム法が使われた。単に金箔を貼っても削れてしまうため、金と水銀を混ぜて塗って加熱し水銀を飛ばすことで定着させる
- 職人は水銀中毒で死ぬ
- 意味は装飾だけで、性能には関係ない
- 青み付けおよび金メッキは大変流行し、当時ほぼ全ての鎧が青+金だった
- 酸化皮膜は劣化・変色するので、現存するものは落として地金の色になっている
装飾について
- ルネサンス期は鎧の性能面はすでに打ち止めで、装飾面にのみ技術が向けられた
- 青み付け・金メッキ以外にも例えば、
- エッチング
- パーツの縁取りを細かい銀のリベットで行なう
- 装飾のすごいものも、飾るためでなく戦場やトーナメントで使われたらしい。他人に見せて自慢する文化。
- p.53のパレード用甲冑は「鉄でできた服」でありパレード専用。とても薄く、現存しているものはすり減って穴が空くくらい
- とは言え、マクシミリアン式以前も実用性のみを求めていたわけではない。それでは爆弾処理班のような鎧になっていたはず
手甲(ガントレット)の変遷
- メイル*3の時代は、手袋状のメイル
- コート・オブ・プレート(小札)の要領で、手の甲から始まって少しづつ指までプレートで保護するようになったのではないか
- ゴシック式(ドイツ)では5本指
- 15世紀初頭はミトン状のものが主流。防御力はこちらのほうが優れている
- ルネサンス期には銃などを扱う必要性もあり再び5本指に
兜の鶏冠
- 1枚の板金から打ち出していた時代、鶏冠を大きくすると薄く脆くなるため、職人の技術を誇示する意図があり大きくなっていったと思われる
- アーメットでは可動式の面頬など前面の重量が大きくなるが、鶏冠が大きく後頭部方向に貼り出すことでカウンターウエイトとなりバランスが取れていた*4
- どこまで意図されたものかはわからないが、結果的にそうなった
肩当
p.6左の写真などで首鎧から上向きに延びている棒状の部品は何か(冠板ではない)
- 首鎧に棒状の部品、肩当に穴が開いており、これをはめて接合した
- ゴシック式以前は革紐などで固定していた
肩当(上腕部)の構造について
- 上腕部を保護する部分はプレート4枚をつなげている(写真は15世紀後期を想定した作例)
- 正面側(写真右方向)は収縮する必要があるので革でつないである
- 背中側(写真左方向)は収縮しなくていいのでリベットで止まっている。ただし、ある程度の可動域のあるスライディングリベット
- すべて革だとめくれてしまうが、この構造であればめくれない
情報収集について
- 日本国内は歴史的なものはほぼ流通してない。実物を入手したいならインターネットオークションなど。ただし高価
- ネット検索するときは、辞典にある正式名称を使うことでノイズを避ける
- 英語よりも、その時代のその国の言葉で検索するのが最も一次情報に近付けるはず
- 書籍のp.56-57に表がある
- 研究が進んだのは、インターネットおよびSNSが使われだしたここ5〜10年なので、記事の書かれた日付は重要
- 基礎から学んでいく、という方式は、この分野では情報が膨大なので迷子になりやすい。まず求めているものをピンポイントで見つけ、それが理解できないならば、少しやさしく書いてある文献を探す、というアプローチがよいのではないか。最低限の知識は『西洋甲冑入門』で得られるはず
- 映画などでは考証の正しいものは特に思いつかない。それが悪いわけではなく、娯楽なので正しいことが良いわけではない
- 『ROCK YOU!』では、首鎧をつけてないのが気になって仕方なかった
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所感
『西洋甲冑入門』はページの都合もあって掲載できた情報は限られたということもあり、参加者の「そこからか」レベルの質問(当然、私も含みます)にも丁寧に回答していただき、あっと言う間に3時間が過ぎました。
一口に「入門」と言っても難しく、私の本業であるソフトウェアの世界でも「入門」本はまさに玉石混淆ですが、西洋甲冑という広く深い分野でこのサイズにまとまっている本書が、改めて良い構成・ボリュームになっていることを実感しました。
その上で、書籍で完結するのではなく、こういった勉強会で色々質問できる機会をいただけるというのは大変ありがたいことです*5。
5月3日に第2回も予定されていますので、ご興味を持たれた方はぜひ。私も行きたいけどまだ微妙。 armourer.blog64.fc2.com
また、連休中にこんなイベントもやるそうです。 armourer.blog64.fc2.com
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