斬らなイカ?

武術・武道・日本刀とか。

ソード&ダガーとエスパダ・イ・ダガ

フィリピン武術カリ(もしくはアーニス/エスクリマ)にはスペイン統治時代に伝わったスペイン剣術の影響が強く、その中に、片手に剣もしくは同サイズの棒、もう一方の手にナイフを持つ「エスパダ・イ・ダガ*1」というスタイルも含まれます。

先日、キャッスル・ティンタジェルさんで体験させていただいたヨーロッパ剣術の中には「ソード&バックラー*2」のスタイルがありました。時代を下って盾が短剣に変わって「ソード&ダガー」となり、それがフィリピンに伝わったようですが、それほど単純な話でもなさそうなスタイルの違いが見られたので少し調べてみました。

きっかけとなったのはこの動画。「ソード&ダガー」対「ソード&バックラー」スタイルのスパーリングです。

www.youtube.com

バックラー側は構えによっても異なりますが、バックラーを体から離して相手に向ける基本的な構えでは左足が前になっています。一方でダガー側は常に右足が前であり、明らかに使いかたが異なることが見て取れます。

そして、後述しますがカリのエスパダ・イ・ダガともずいぶん違う印象を受けました。

HEMA

予備知識として。西洋剣術、中世ヨーロッパ剣術などと書いていますが、一般に「歴史的ヨーロッパ武術」/ “Historical European Martial Arts (HEMA)” と呼ばれるカテゴリがあり、伝承が途絶えていた中世ヨーロッパの武術を、史料・文献などを元に復刻する活動をしている人・団体が多数あります*3

その人・団体が想定している時代によって使用する武器や技法は異なっており、例えば前述のティンタジェルさんでは13〜15世紀を想定されています。

上に貼ったような動画の場合、それが簡単には読み取れないことも多いので、参考程度に見ておくのがよさそうです。

ソード&バックラー

順を追って「ソード&バックラー」から。このスタイルは13世紀ドイツ剣術のフェシトビュッフ(指南書)である『I.33』に書かれているもので、当時のベーシックなスタイルだったようです。

『I.33』の内容は下記サイトで閲覧できます。

wiktenauer.com

バックラーを持つ左腕は伸ばし、右手の剣で攻撃するときにもその籠手を守るように使います。そのため、盾を持った側、つまり左足を前に出すスタンス(『I.33』の挿絵からは判断しきれないところですが)になることは自然で、

“兜の左側に通気の穴を開けずに右側にのみ穴を開けたり、イタリア式の鎧の左側が右側に比べて頑強な作りになっていたり”

『続・中世ヨーロッパの武術』 p.11 より引用

と、鎧の作りまでそれを前提にされたものだったようです。

それが14世紀に入ると鎧の強化(プレートメイルなど)により盾の存在意義が薄れて廃れ、武器もまた鎧に対抗するための両手武器(ロングソード、ポールアームなど)が使われるようになります。

ただ、これは戦場での話であり、市中や決闘ではバックラーは使われ続けたようです。

時代が飛びますが、『続・中世ヨーロッパの武術』第3部 第9章「サイドソード*4とバックラー」では、ルネッサンス期イタリアの技が紹介*5されています。 ここでは右足前の構えや技が見られますが、これには15世紀初頭から剣の鍔の形状が徐々に右手を守る形に変化したことと関係していそうです(鶏が先か卵が先かの話もありそうですが)。

なお、上に貼った動画のソード&バックラー側は、このルネッサンス期イタリアの技法を取り入れているように見えます。

ソード&ダガー

ダガーと剣を同時に使う技法が描かれた最初のフェシトビュッフは、タルホーファーの1467年のフェシトビュッフで、左手にバックラーとダガーを握って”

『続・中世ヨーロッパの武術』 p.106 より引用

また、

“北イタリアのフィオレ・ディ・リベリ(Fiore di Liberi)は15世紀にフェラーラのニコロ3世の宮廷剣術指南(マエストロ)に任命された。彼の書『フロス・デュエラトールム Flos Duellatorrym(戦いの花)』は、当地の剣豪「ジョバンニ・デッレ・バンデネーレ(黒隊長ジョバンニ)」をモデルに、素手の組討、ダガーを用いた二刀流、ロングソード、長柄武器などを使った完全なもので、1410年に出版された”

西洋剣術 - Wikipedia より引用

とあり、15世紀イタリアにすでに「ソード&ダガー」のスタイルはあったようですが、一般的には16世紀からと言われており、『続・中世ヨーロッパの武術』第3部 第8章「サイドソードとダガー」で紹介*6されている技法もすべて16世紀のものです。

ここでのダガーは全長50cm程度と長めのもので鍔もあり、相手の攻撃を受け流す*7ことが主用途です。動画のように右足前のスタンスですが左腕も前に出し、両手の剣の切先が揃うような構えをしています*8

別の(恐らく16世紀を想定している)ソード&ダガー同士の試合動画を見ると、主武器がレイピア(それ以前の片手剣よりも長い)であることもあってか、ダガーで直接攻撃する間合いになることはほぼありません。

www.youtube.com

16世紀ヨーロッパの「ソード&ダガー」におけるダガーの役割は(スタイルは違えど)バックラーに近いものと考えてよさそうです。

エスパダ・イ・ダガ

フィリピンにスペインのマゼランが喧嘩を売って返り討ちにあったのが1521年。以降徐々に植民地化が進みますが、その中でスペインの武術とフィリピン土着(イスラム系)の武術が混ざって「カリ」の原型ができたと言われています。

カリと言っても流派が多く、私が触れた範囲での印象でしかありませんが、カリの「エスパダ・イ・ダガ」のスタイルは、前述の「ソード&ダガー」とはかなり印象が異なります。 左手に持つ短剣は短く鍔もないナイフであり、相手の攻撃を刀身で受け流すことは無く(受ける場合は相手の内籠手に刃を当てて受ける)、間合いを詰めたときには攻撃に使う、というものです。

一方、古い剣術のスタイルを残している「カリス・イラストリシモ(Kalis Ilustrisimo)」という流派では「プンタ*9・イ・ダガ」と呼ばれ、大きめの短剣を使い、その刀身で相手の攻撃を受け流す技法も見られます。

www.youtube.com

カリの諸流派はひとつのスタイルが分派したものではなく、フィリピン各地で個々にスペインの影響を受けて醸成されたものと考えられます。従って、ヨーロッパにおける最終的な「ソード&ダガー」のスタイルが伝わったのはごく一部の土地(時代)だった、という可能性もありそうです。

つまり、中世ヨーロッパ剣術の「ソード&ダガー」と、カリの「エスパダ・イ・ダガ」は、ほぼ別のものと考えたほうが自然な気がしています。

その後のヨーロッパ剣術

スペイン剣術

15世紀からイタリアで発展した剣術の技法はスペインにも伝わり、16世紀半ばに「スペイン剣術」と呼ばれるスタイルが成立したとされています。

“スペイン剣術の戦い方は以下の通り。まず彼らは、できる限り勇敢に、足を広げずに背筋を真っ直ぐ伸ばして立つ。そして彼らの足は決して止まることがなく、あたかもダンスを踊っているかのようだ。そしてレイピアと腕を、一直線に相手の顔か腕に伸ばすのだ”

『中世ヨーロッパの武術』 p.47 より引用

といった印象らしく、これは現代のカリとはかけ離れたスタイルと言えます。この時代のスペイン剣術がフィリピンに伝わって今のように変化したのか、そもそも伝わっていないのか、気になるところではあります。

また、スペイン剣術成立以前の話として

“それ以前の武術は「古武術」(Esgrima Antigua)と呼ばれ、残念ながら、現在ごく断片的な資料が残るのみです。スペイン・ポルトガルのあるイベリア半島は、かつてイスラム勢力に支配されていたので、当地の「古武術」には、おそらくイスラム起源の武術の影響があったと思われます”

『中世ヨーロッパの武術』 p.47 より引用

とあり、こちらもとても興味深い話です。イスラム

スモールソード

17世紀になるとレイピアは廃れ、より短く軽い「スモールソード」へと変化します。ここまで来ると、現代のフェンシングに近いものになってきたようです。

また同時に、

ダガーを補助武器として使う技法は、レイピアがスモールソードへと変わる頃に廃れていきました”

『続・中世ヨーロッパの武術』 p.109 より引用

とのことで、「ソード&ダガー」の時代も終わりです。

まとめ

今まで漠然と、中世ドイツ剣術→イタリア剣術→スペイン剣術→カリ、という流れだと認識していたのですが、カリにおけるスペイン剣術の影響は意外と少ないのかも知れません。 また、いわゆる「スペイン剣術」の完成形ではなく、まだルネッサンス期イタリア剣術が残る形で伝わったのではないかとも。

ただ、例えば太刀筋を番号で呼ぶ文化はヨーロッパ剣術発祥でカリにもあるものです。このような、技法自体でなく、体系的な教え方・伝え方に関する部分でヨーロッパ剣術の “技術” の影響力が強かったのかも知れません。

参考

中世ヨーロッパの武術

中世ヨーロッパの武術

続・中世ヨーロッパの武術

続・中世ヨーロッパの武術

Walpurgis Fechtbuch (MS I.33) ~ Wiktenauer ~☞ Insquequo omnes gratuiti fiunt

Antonio Manciolino, Opera Nova…De l'armi d'ogni sorte, 1531

Vincentio Saviolo, His Practise, in Two Books, 1595

Giacomo di Grassi, His True Arte of Defence, 1594

Opus Amplissimum de Arte Athletica (Cod.icon. 393)

公開!フィリピン武術の全貌 【DVD付】 (BUDO-RA BOOKS)

公開!フィリピン武術の全貌 【DVD付】 (BUDO-RA BOOKS)

Secrets of Kalis Ilustrisimo: The Filipino Fighting Art Explained (Tuttle Martial Arts)

Secrets of Kalis Ilustrisimo: The Filipino Fighting Art Explained (Tuttle Martial Arts)

*1:Espada Y Daga: Espadaは剣、Yはand、Dagaは短剣の意

*2:直径30cm弱ほどの小型の盾

*3:日本武術は伝承が途絶えていないことを喜ぶべきなのでしょうが、すべてが正しく伝承されているとも限らないですし、そもそも何を持って「正しい」と言えるのか、悩ましいところ

*4:この書籍においてサイドソードとは16世紀イタリア市民の護身・決闘用の片手剣のことを指し、これが時代とともにレイピアに姿を変えますが、当時の史料・文献では明確に区別されていないため、一部同列に扱っています(p.100〜102)

*5:出典は、Manciolino Antonio, The Complete Renaissance Swordsman(1531)

*6:出典は、Vincentio Saviolo, His Practise(1595)、Giacomo di Grassi, His True Arte of Defence(1594)、Mair, Paulus Hector. Opus Amplissimum de Arte Athletica, vol.2(1540s)

*7:そのため「パリイング・ダガー(parrying dagger)」や、フランス語で左手という意味の「マンゴーシュ(main gauche)」とも呼ばれます。このあたりは『中世ヨーロッパの武術』p.303, 324のコラムに詳しい

*8:宮本武蔵二天一流の構えに少し似ています。二天一流と同じく切先を交差させて十字受けする技もあるようです

*9:Punta: 「先の尖ったもの」の意で、レイピアや手槍など「剣」よりも広い意味の言葉

西洋剣術体験

キャッスル・ティンタジェルさん主催の『特別ビギナーレッスン』に参加してきました。

ティンタジェルは、西洋剣術*1および、鎧を着て剣で殴り合うアーマードバトルのスクール。西洋剣術のほか日本武術も教えていて、今回のビギナーレッスンでもどちらか一方を選択できたのですが、今回は「西洋剣術 騎士道コース」を選択しました。

本レッスンは「ロングソード、ソード&シールドの初歩の技を学ぶ」ということで、鎧を着てのスパーリングは無し。代わりにレッスン後に行われたメンバーさんのトーナメントを見学できました。

スタンスとステップ

  • 立ち方は、肩幅の半身。後ろ足は90度横を向き、つま先重心。日本の剣術と異なるところで、すでに無意識でやっている部分なのでなかなか慣れず。
  • 前後の移動、斜め前・後への移動+腰を切って逆の半身になるなど、いくつかのパターンを練習。

両手剣

  • 重さは1.7kgくらい? 日本刀より重いが重心が手元に近い。片手斬りはできるけど振り回せるほどではない感じ。
  • 右手メインで持つ
  • 持ち方は日本刀に近い(ハンマーグリップではない)が、右手親指は立てて鐔のあたりに置く。これは、
    • 親指で刃の向き(両刃なので)をコントロールできるように
    • 剣を水平に近く寝かせる構えが多いので、安定性のためもあるかも?(未確認)
  • 斬撃は、剣の振りが先。剣を前に振り出してから歩み足に進み、腰を切って斬り下ろす
    • 剣の重みで前に出るようなイメージだとうまくいくようでしたがこれも慣れず
    • 基本的に、相手の頭部を狙う
  • 構え何種類かと、そこからの振り方を練習
    • 斬り下ろしのほか、相手の攻撃を受け止めつつ切先は頭部に攻撃する技技など
    • カリ(アーニス/エスクリマ)で言うアバニコ(Abanico)のような技もありました(ツヴェルクハウ?)

片手剣&バックラー

  • バックラーは小さい(直径30cmもない)盾。遠くに構える
  • バックラーで右手の籠手を守るように使う。斬撃も刺突も、バックラーの影に右籠手が収まるように使う。
  • 剣は両手剣と同じく、親指は立てて鐔あたりに置く
  • 基礎的な技はロングエッジ(自分から遠い側の刃)を使うが、ショートエッジ(自分に近い側の刃)を使う技もある
  • 斬撃も両手剣と同じく、剣の振りが先
    • 体が先だと相手に斬られるとジェイ師
    • 鎧なしの場合、肘と手首でシャープに振る
    • ヘヴィアーマーの場合、より強く振る必要があるので全身で振る
    • 斬り下ろし*2、斬り上げを練習
  • 刺突は、剣を水平に使うのがベーシック。相手の盾を避けて突く。
    • カリにおける突き技の形ととてもよく似ている*3
    • 右上から、左下から、右下から、左上からの突きを練習

レスリン

  • レスリング(日本剣術的には組討)も剣術の範疇で教本にはあるが、試合で使うと大怪我をするので使用禁止。例えば、
    • 相手の盾を掴んでひねる(盾は輪を通して掴んでいるので手首が折れる)
    • 盾で相手の剣を抑え、自分の剣を差し込んでディスアーム*4
  • 蹴り技は3/4が急所、残り1/4が膝への攻撃で、いずれにせよ危険なので禁止。相手を押し退けるような蹴りはok。

競技のレギュレーションなど

  • 武器カテゴリは、ダガー、片手剣&盾*5、両手剣、槍、ポールアーム(ハルバード等)の5種類
  • 競技カテゴリは防具による。鎧なし、ライトアーマード(チェーンメイルやフェンシングの防具)、ヘヴィアーマード(プレートメイル)
    • ルールが違う(ポイント制など)
    • 使用武器の材質も違う。鎧なしではラタン+緩衝材、ライトではプラスチック製、ヘヴィではスチール製
      • スチールは、鉄パイプを潰したもの
      • あくまでも、セイフティな、トレーニング用の、銃刀法的に問題ないもの
  • 西洋剣術は13世紀のテキスト『I.33』などが教本。武器の形状などは13〜15世紀の史料に出ているものに限定される
    • カリで言う「エスパダ・イ・ダガ」、片手剣とダガー(パリーイング・ダガー、マンゴーシュ)のスタイルは時代が違うので対象外だそうです。レイピアは16世紀ごろらしいので。

所感

西洋剣術は(慣れないながらも)納得できる理合があって、ひとつの武器術としてもう少しちゃんと練習してみたい。しかし日本の剣術*6との違いが、変なクセにならないかという不安もあるので悩ましいところ。

この日はできなかった鎧を着てのスパーリングも、ビジター参加などでも体験できる(もちろん入会するより割高ですが)そうなので、また時間を見つけて体験してみたい。この経験は剣術に活きるはず。

キャッスル・ティンタジェルさんでは、目白の本部でのメンバー募集のほか、名古屋支部、仙台支部クラスを近々オープンするとのことで、こちらも募集しているそうです。

www.castletintagel.com

参考

ティンタジェルのジェイ師による両手剣のDVD。Amazonでは品切れで割高ですが、出版社直販なら定価で買えます

babjapan.tp.shopserve.jp

かなり前に購入して積んでる本

中世ヨーロッパの武術

中世ヨーロッパの武術

続・中世ヨーロッパの武術

続・中世ヨーロッパの武術

ざっと読んだけどアーマードバトルに関してはちゃん書かれてるっぽい

*1:ドイツ剣術がベースのようですが、もう少し広く中世ヨーロッパにおける剣術

*2:右上から斜めに斬り下ろし。恐らく鍔の形状や兜をつける前提なので、真向に斬る太刀筋はなさそう

*3:カリに残っている、が正しい表現ですが

*4:カリの技と類似しており、密かにテンション上がりました。カリにあるディスアーム技は、合気道などが近世になって流入した技かと思っていましたが、西洋剣術起源の技も十分にありそう。でも殺し合いにおいてディスアームを積極的に狙う意図はよくわかりませんが…

*5:今回体験したバックラーだけでなく大きめのものも。扱い方も変わるようです

*6:少なくとも現存している流派の教え

九宮八卦掌・戦術セミナー

7/8に開催された『九宮八卦掌・戦術セミナーIN文京』に参加してきたのでメモ。

八卦掌(Ba-gua-zhang)とは、19世紀前半(清朝後期)に董海川(Dong Haichuan)によって創始された比較的新しい門派で、尹派、程派をはじめ、多くの分派があります。

九宮八卦掌は、分派のうち史派八卦掌の流れをくむ門派で、九宮とは八卦を八方向に配置した図の中央を九宮と呼ぶことから来ているそうです。日本には、趙玉祥老師 - 小幡良祐老師(当セミナー主催)と継承されているとのこと。

セミナーでは、八卦掌独特の歩法、その歩法を使った攻撃回避と反撃、内功、発勁まで、まさに八卦掌でどう戦うのかという、武術としての八卦掌を体験できました。

歩法

八卦掌のコンセプトとして「相手の正面で攻撃を受けることを避け、相手の側面から攻撃する(避正斜打)」があり、これを実現するために以下のような歩法があります。

  • 後ろ重心の立ち方
  • 前足を内側に向けて転回する擺歩(はいほ)
  • 逆に前足を外側に向けて転回する扣歩(こうほ)
  • 後ろ足を水平に上げる「平起」と、前足を水平に下ろす「平落」

動作をひとつひとつ練習した後、二人一組で「攻撃をかわして側面にまわって攻撃」といった応用の練習も行なう、という流れでセミナーは進行されました。

擺歩・扣歩による転回および相手の側面にまわる動作は、とても合気道的な感触で、平起平落も日本の古武道で「腰を安定させる」と言われることに近いものを感じました。

合気道の元となった大東流合気柔術も(諸説あるそうですが)明治になって武田惣角が他流の技を統合して編纂したものらしく、八卦掌の成り立ちと似ているのも何か武術の流れのようなものがありそう興味深いです。

葉底蔵花

映画『グランド・マスター』でチャン・ツィイー演ずる宮若梅(ゴン・ルオメイ)の台詞でだけ出てきた技。実際は秘伝のようなものではなく基本的な、でもそれだけに奥の深い技とのことで、これを練習。

www.youtube.com

葉底蔵花は最終的に標指での突き技なのですが、その手の形には暗器(隠し武器)を持つことが想定されていたりと、武器術好きとしても興味深い技でした。

空間把握

視点(日本の古武術で言う「遠山の目付け」)、円周をまわるとき意識を円の中心に向ける、一人の相手だけでなく、エリア全体を把握する*1、といった内容。

また内家拳的な部分として、呼吸などによって空間把握の向上などもありました(が、うまく書けないので割愛)。

発勁

八卦掌を伝承されている方々が、おおむね他の門派(形意拳など)も習得されていることから、八卦掌自体に打撃のイメージがなかったのですが、ちゃんと発勁もパッケージされていました。

付け焼き刃でできるものではないですが、地面 - 足 - 背中 - 掌と力を伝えることによる発勁を少し練習。

また、デモンストレーションとしてですが、構えからまっすぐ打つ、という攻撃でなく、変化しながら相手の構えの隙間から攻撃するといった形も見せていただきました。

所感

八卦掌はずっと気になっていた*2ものの、縁もなく、また自分に合うのか?という思いもあって縁を作ることもなかったので、今回このセミナー*3に日程が合って非常に良い経験ができました。

八卦掌のイメージは「よく回る」くらいのものでしたが、それが歩法から来る合理的なものであり、合気道に近しい理合があること。また、発勁までパッケージされた、まぎれもない武術であることを体感できる良いセミナーでした。

小幡老師の「旺龍堂」では、今回のようなセミナー開催のほか、通常の稽古も特に入会・入門や月謝制ではなく1回毎の「講習費制」で運営されているとのこと。 非常にありがたいので、間隔が空いてでも(身につくのは遅くなるでしょうけど)時間を見つけて習いに行きたいところ。

ohryudo.com

参考

グランド・マスター [Blu-ray]

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イップ・マン 葉問 [DVD]

イップ・マン 葉問 [DVD]

月刊 秘伝 2015年 09月号

月刊 秘伝 2015年 09月号

*1:セミナーでは会場内でしたが、屋外では木立の中で木や根を把握しながら動くとか

*2:むしろ詠春拳より前から。中国拳法と言えば酔拳八卦掌か、くらい

*3:今回のような「戦術セミナー」は初の試みとのこと

KEYSIオープンセミナーに行ってきました

KEYSI TOKYO(KEYSIジャパンアカデミー東京校)で開催された、KEYSIオープンセミナーに参加してきました。

KEYSI(スペイン語読みで"ケイシ")*1は、1980年にスペインのフスト・ディエゲス(Justo Dieguez)師が創設した護身術・格闘術で、映画『バットマン ビギンズ』(原題:Batman Begins)からの三部作や、『アウトロー』(原題:Jack Reacher)及び『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』(原題:Jack Reacher: Never Go Back)などで使われているもの。

日本でKEYSIを習うことが出来る「KEYSIジャパンアカデミー」は設立からまだ1年、スクールも福島県白河市と東京*2の2校のみと、まだまだ希少な状況です。

インストラクターの和知師がKEYSIをはじめたきっかけ、また福島県白河市のご当地ヒーロー「ダルライザー」との関係などは『月刊秘伝』2017年6月号の特集「進め!プログレッシブ武術」で紹介されています。

月刊 秘伝 2017年 06月号

月刊 秘伝 2017年 06月号

KEYSIにおける格闘は(1対1でなく)1対多を想定したもので、常に頭部を深くガードし、攻撃時もガードしながらパンチ*3や肘打ちするスタイル。 雰囲気は動画参照*4

www.youtube.com

セミナーでは、ウォーミングアップ、2人組でのジョグ(これも状況判断・アクションを含む興味深いものでしたが割愛)に続いて、KEYSI固有の動作に入っていきました。

ソンリサ

ソンリサ(Sonrisa)とはSmileの意で、スマイリーフェイス(ニコちゃんマーク)の口のような軌跡で腰を落としながら左右や前後への重心移動を行なう動作(の練習)。他の武術でも近い動作はあるものの*5、これだけを深く練習するものは珍しいのではないでしょうか。

また、半円ではなく全円を描く動作も練習しました。これはサーキュロ(Circulo)と言うそうです。

ロダムンド

ロダムンド(Rodamundo)とはAround the worldの意で、KEYSIにおける4つの体位(スタンディング、ニーリング、シッティング、ライイング)をスムーズに遷移する練習。

今回のセミナーではライイング(仰向け)は割愛され、3つで行ないました。また、それぞれの体位で頭部をガードする形を取ります。

ペンサドール

ペンサドール(Pensador)とは考える(ペンサ)+人(ドール)の意で、上にも書いた頭部を深くガードする形を言います。形状からだけでなく、周囲を観察して脳で「考える」という意味も含まれるとのこと。 正面〜頭頂部を中心に後頭部までガードする形と、側頭部〜後頭部をガードする形の左右で計3パターン。

正しくガードするのはもちろん、腕の隙間から周囲の状況を確認することが重要で、ミットを使った練習、パンチによる攻撃を交えた練習が数パターンと続いたのですが、それぞれ周囲の観察や状況判断が求められる練習方法が取られていました。

この、ペンサドールをしながらのパンチもKEYSI独特のものであり重要なのですが、肩の動きにもポイントがあってかなり難しく(変に力が入ってしまったり)、結局、納得行く形には届かずにセミナーを終えてしまったのが心残りです。

最接近した状態での技

胸ぐらを掴まれたときの返し技、相手の懐にエントリーして(タックルではなく)テイクダウンを取る技、の2種類を練習しました。詳細は割愛しますが、いずれもいわゆる合気道的な理合ではなく、シンプルにテコの原理を使うという印象。

プレッシャーのかかる戦闘状態においては精密な動きが難しいと言われます。これら2つの技は、それほど精密さを求められない(ポイントを外さなければですが)ように感じたのですが、そのあたりもKEYSIの設計には織り込まれているのかもしれません*6*7

所感

現代的護身術としては、先日セミナー参加させていただいたクラヴマガがあります。双方に共通して言えることは、1対多を含めた状況判断の重要性、フィットネス要素が入った練習である、というあたりでしょうか。

あえて比べると*8、その場からの離脱をより意識するのはクラヴマガ、1対多をより意識するのがKEYSI、という印象を持ちました。

1対多を謳う武術は多々ありますが、練習方法を含めてここまで徹底しているのはKEYSIの大きな特徴ではないでしょうか。ただ、これは「1対多で勝つため」ではなく「1対多の不利さを知るため」の意味が大きいと和知師は言っていました。

素手対ナイフなども同様で、不利な状況を不利と認識し、自分を過信しないで行動する、という(言わば「あたりまえ」の)ことの重要さ、そして、それを実践するには徹底した訓練が必要だということを再確認したセミナーでした。和知師、並びにKEYSI東京校の皆様、ありがとうございました。

参考

バットマン ビギンズ [Blu-ray]

バットマン ビギンズ [Blu-ray]

www.dharuriser.com

keysi-tokyo.com

nowsprinting-ma.hatenablog.com

*1:2012年まではKEYSI Fighting Method(KFM)が正式名称だったそうですが、現在はKEYSI by JUSTO DIEGUEZに変わっているとのこと

*2:東京校は現在は土曜のみですが、平日クラスの開設も考えているそうです

*3:スペイン語でプニョ(puño)。スペイン語由来のタガログ語であるアーニス(カリ)の技で、柄で打つことをプニョ(punyo)と言うのですが、同語なのか類語なのか気になります

*4:動画にあるダブルスティックの技が気になっていたのですが、武器術は素手より上位の技で、今回のセミナーの対象外とのこと

*5:日本の武道では腰は安定させるものと言われるので異なりますが

*6:和知師に確認すればよかった…

*7:ハイプレッシャー下でも正確に動けるように稽古を積むのも大事なのですが

*8:余り比べるべきものではないのですが、あくまで現代的護身術という観点での話として。また、どちらもしっかりと習ったわけではなく半日セミナーを受けた範囲での印象です

『高無宝良 武蔵流剣術 - 宮本武蔵の二刀流 実技とその変遷』レビュー

高無宝良先生のDVD『高無宝良 武蔵流剣術 - 宮本武蔵二刀流 実技とその変遷』が届いたので、早速拝見しました。

宮本武蔵といえば二刀流で有名ですが、その流派名は伝わった(教えた)時期によって「二天一流」「二天流」「円明流」などと呼び名が異なり、また名前だけでなく技も異なるようです。

高無先生は、武蔵が最晩年に肥後藩で伝えた「二天一流」と、それ以前に小倉藩で伝えた「二天流」の両方を習得されており、このDVDでは両者の差異(変化)も含めて紹介されています。

古流剣術というと「型」があり、古武道大会などでの演武や、この種のDVDでは型の紹介が中心になりがちです。しかし、本DVDでは二刀で戦う上でのコンセプトとしてまず「十字受」の技法を紹介し、そのバリエーションや受けからの変化を中心に据えた構成になっています。

十字受

十字受とは、右手に大刀、左手に小刀を持ち、眼前に物打ちあたりを交差させて相手の刀を受けるというものです。

まず、これを確実に、左右均等に体の中心で受けられることが大前提。その上で、左右いずれか一刀で受流して逆の手で攻撃する方法、遠い間合いから先を取る「付ける拍子」、逆に後の後で攻撃する「越す拍子」、袈裟斬りや横薙ぎ、突きへの対処、といった応用が紹介されています。

ここまででほぼ2/3が割かれていますが、十字受という"技"ではなく、どの間合いでどう戦うかという"コンセプト"の基準になっていることが理解できるはずです。

二天一流山東派 二刀の型

ここで、型(組太刀)を三本紹介されています。前述の十字受がベースになっていることがわかるはず。

素振り

武蔵は、刀は片手で扱えなければならず、その鍛錬のための二刀流である、といった言葉を残しています*1。それを実践するための二刀での素振り稽古法について紹介されています。

例えば、手を返して斬り下ろし、斬り上げを交互にしたり、それを左右同時に行なう、また、左右互い違いに行なうといったもの。

フィリピン武術のカリ(アーニス/エスクリマ)でも、基本トレーニングとして左右の手にバストン(スティック)を持って練習しますが、これと似通った印象を持ちました。

歩み

これも『五輪書』にある、足の踏み方、歩法についての解説と、その稽古法が紹介されています。

ほとんどの古武道・剣術での歩法は同じもの(剣道とは異なります)だと思うのですが、前述の十字受から押していく、また攻撃まで歩みを止めないという辺りは特徴的なのではないでしょうか。

所感

剣術をやっている方はどこかのタイミングでは『五輪書』は読むと思うのですが、二刀の稽古までする機会は無いのではないでしょうか(私はありませんでした)。

刀を片手で扱うことに関しては、自流に片手斬りの技があることもあり*2、鍛錬してきましたが、斬るだけでなく自在に扱えるように本DVDの稽古法も取り入れてみようと思いました。

単に「他流派のDVD」ではなく、体の鍛錬法なども踏まえて『五輪書』の延長として見るDVDとしてお勧めできるものです。

ただひとつ難を言えば、高無先生が話される中で重要なキーワードにはテロップが欲しかったところ。

*1:出典引くの割愛

*2:人によって重要視されない方もいらっしゃいますが

『イップ・マン 継承』(葉問3/Ip Man 3)

『イップ・マン 継承』(原題:葉問3)の日本公開がはじまったので、詠春拳をかじっている者*1の視点からいくつか。 ネタバレも若干あるかもしれないので、気になる方はまず劇場へ!

gaga.ne.jp

史実との違い

史実と違うことを批判するつもりはなく、ただメモ程度に。

葉問(イップ・マン)師は香港には単身で渡っており、永成(ウィンシン)さんは佛山で亡くなっています*2。その後、ご子息の準(チュン)師、正(チン)師が香港に移ったそうです。

張永成 - 维基百科,自由的百科全书

ちなみに夫婦別姓なので"張"永成ですね。パンフレットで張天志(チャン・ティンチー)と並べて書かれるとそっちの家族のように見えますが。

師匠について

イップ師の師匠は陳華順(チェン・ホワシュン)師、その師匠は梁贊(リョン・チャン)師です。そしてマックス・チャン演ずる張天志(チャン・ティンチー)も、梁贊師の孫弟子であると語られています。

梁贊師までは武館(道場)を開いておらず、従って弟子の数は限られます。上記の陳華順師、ご自身のご子息、また晩年に故郷の古勞鎮*3にて弟子を取ったそうで、この話に沿うのであれば、ティンチーは古勞鎮での弟子の弟子ということになりそうです*4

ちなみに、梁贊師は『ユン・ピョウinドラ息子カンフー』(原題:敗家仔)でユン・ピョウが演ずるワン・チャンのモデルです。

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また、梁贊師の次男、梁壁(リョン・ピック)師は香港に住んでおり、イップ師が若い頃に香港に留学した際、ピック師に師事したと言われています。このあたりは『イップ・マン 誕生』*5で語られています。

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ちなみに『イップ・マン 誕生』はキャストが面白いことになっていておすすめです。『イップ・マン 序章』『葉問』のカム師匠を演じたルイス・ファンが重要な脇役として。また、『序章』ではカム師匠の手下、『葉問』ではホン師匠(サモ・ハン)の弟子ワイケイを演じたデニス・トーがイップ・マン師を演じています。

さらにサモ・ハンが師匠である陳華順、その一番弟子がユン・ピョウという豪華な布陣。そしてピック師を演ずるのは、イップ師のご子息である葉準師ご本人という。

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師弟筋でもうひとつ。ブルース・リーがイップ師に師事したのは、12歳から5年間だそうです。18歳でシアトルに移っています。このあたりは『ブルース・リー マイブラザー』おすすめ。

本作の舞台を永成さんの没年1960年とすると、ブルース・リーは20歳。年齢は合わせた感じでしょうか*6

アクション

今回の対戦相手(チンピラを除く)は、ムエタイ、ボクシング(マイク・タイソン)、そして詠春拳(マックス・チャン)。どこかで「他流派と戦って倒すという話は色々めんどくさいらしい」と書かれていましたが、確かにその辺の苦労がありそうですね。

ムエタイ

ムエタイ戦の評判がいいですし、確かに見応えはありました。が。そもそも短橋狭馬*7で接近戦を得意としている詠春拳に、わざわざここで襲うとか頭悪いのでは??? というのが第一印象で……。アクションだけでなくいいシーンなんですけどね。

ちなみにムエタイの人、

トニー・ジャーに似てるなぁと思ったら本当にトニーのスタントダブルを演じていたSarut Khanwilai というお方

葉問3 イップ・マン3(ネタバレ:1)@HK-ドニー・イェン 甄子丹 | ケイコママのバクダン酒場

だそうです。

マイク・タイソン

ラスボスでなくーということもあり、勝敗をつけない形ですが、いいアイデアだったと思います。 ちなみに終盤の、片足を伸ばしたまま腰を落とす構え、あれは(私が知る範囲の)詠春拳の型にはありません。その手前、両手を腰の後ろで支えるように伸ばす形はありますが、これは後ろから掴まれたときの対処技です。

マックス・チャン戦

一言で言えば”詠春拳フルコース”でした。詠春拳には徒手格闘のほかに武器術が2つあり、それが六點(点)半棍と八斬刀です。これまでも武器として竹竿や包丁で披露されていましたが、それが今回同門対決としてきっちり描かれたわけです。

六點半棍(ろくてんはんこん / Luk Dim Boon Kwun)は、船を操る竿を武器化したものと言われており、名前の由来は技(操法)が6.5種類だからだそうです。詠春拳の初期には無かったもので、歩法も異なります。

あの長さなのでかなり重く(とにかく重心が遠い)、さんざん日本刀を振ってきている私でも片手で自在に振り回せるには至っていません。

八斬刀(はちざんとう / Baat Cham Dao)は、胡蝶刀とも呼ばれる片刃の刃物で、その操法は徒手の套路(型)にも含まれています。鐔の部分の返しで相手の武器を絡めたり、ここを使って逆手に持ち替えたりします(これは本作では出てこなかった扱いかた)。

八斬刀がメイン武器な映画といえば『ファイナル・マスター』(原題:師父)。邦題はネタバレ感ありますが。

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最後に素手での対決。ここもちゃんと普通に見応えがある(はず)ながら、詠春拳の特徴である*8、黐手、聴勁寸勁が盛り込まれていてお腹いっぱいです。

黐手(チーサオ)は、お互いに前腕を相手のそれにくっつけ(これが"黐")て肌感覚で相手の動きを知覚する稽古方法です。対戦中二度ほどこの状態になっていますね。

聴勁(ティンジン)は、視力を奪われても相手の動きを知覚する技術。黐手の延長線上にある技術のはず(私はいつ到達できるやら)。

寸勁ブルース・リーワンインチパンチとして有名ですが、ごく短い距離で威力の強いパンチを打てる技術。

このあたりの撮影のネタバレを含む話はこの記事が面白かったのでおすすめ。

イップ・マン 継承、日本公開記念小ネタその1-ドニー・イェン | ケイコママのバクダン酒場

マックス・チャン

本作で張天志(ティンチー)を演じているマックス・チャン。『ドラゴン×マッハ!』(原題:SPL2)の獄長であり、『グランド・マスター』(原題:一代宗師)のマーサンであり。

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葉問スピンオフの『葉問系列:張天志』、『パシフィック・リム』続編への出演も決まっているとのこと。今年43歳*9と遅咲きながら今後が楽しみです。

まとめ

アクションだけでなく、ストーリーもとてもうまく出来ていて、良い映画です。3作目が良い出来のシリーズものってなかなか無いのでは。『葉問4』の製作が決まったそうですが、現時点では期待より不安が大きいですね。アクションのネタとしてはもう、海外武術勢とかブルース・リーと戦わせるとか、かな……。

日本では先に『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』が公開されたので、そこでドニーさんファンになって本作も見る、という方も多いようで。これを機にドニーさん人気、アクション映画人気が出たら嬉しいですね。

*1:やっと1年超えた程度

*2:香港には来たものの、佛山に戻ったときに本土と香港の越境が禁止になったため

*3:佛山の隣くらい。地図で見るとそれほど遠くない

*4:このあたり、製作が決まっているスピンオフの『葉問系列:張天志』で語られるのでしょうか

*5:ドニーさんの葉問シリーズとは別作品

*6:演ずるダニー・チャン(陳國坤)は今年41歳とのこと

*7:歩幅を狭く取り、リーチも短く使う

*8:ほかの門派を詳しく知らないので詠春拳固有であるかどうかは知りません

*9:ウー・ジンと同い年。ルイス・ファンはひとつ上みたい

カラリパヤットゥの演武を拝見しました

インド大使館で行われたイベント「ダイナミック・カラリパヤットゥ」で、インド伝統武術「カラリパヤットゥ」の演武(表演)を拝見してきました。

最近、インド武術といえば「マハーラージャ・カルーリカ」の名前を聞きますが、"カラリ"は"カルーリカ"の訛り、"マハーラージャ"は王の意、ということで、王族に伝わったカラリの流派でしょうか。

カラリパヤットゥは南インドのケーララ州が発祥とされる武術ですが、大きくは北部・中部・南部で流派が異なり、さらにケーララ州だけで500以上の道場があるとのこと。今回拝見したのは、その中で「CVNカラリ」とされる流派。

演武に先立ち、CVNカラリスタジオジャパンの浅見千鶴子先生からカラリパヤットゥについての紹介。

カラリパヤットゥの歴史

マラヤーラム語*1で"カラリ"は訓練場所*2、"パヤットゥ"は武術や訓練のこと。

神話的には、パラシュラーマがシヴァ神から学んだ武術を伝承したとされる。ちなみにケーララ州はそのラーマがクシャトリヤ殺戮の後で海に投げた斧("パラシュ"は斧の意)のところの海水が引いてできた土地とか。

歴史的には、

  • 4世紀ごろ、剣や槍を扱う武術として生まれる
  • 7〜11世紀、ケーララは小国が乱立して戦乱状態であり、ここで武術として発展
  • 12 世紀、ナーヤルというカーストに特権として与えられ、ここで体系化
  • 16〜18世紀、広まる
  • 19世紀、イギリスの支配、カラリパヤットゥ禁止令
  • 1947年にインド独立。C.V.ナーラーヤナ・ナーヤル(C.V.ナラヤナン・ナイール)により復興される(これが"CVNカラリ")

そして今に至るそうです。カラリパヤットゥが菩提達磨によって嵩山少林寺に伝わり、そこで少林拳になった(もしくは影響を与えた)という説がありますが、それが事実なら5〜6世紀の話なので、かなり初期の状態の技が伝わったことになりますね。

カラリパヤットゥの技術体系

以下の段階に応じて、学んでいく

1. メイターリ

身体訓練。キック、8種の動物のポーズ(象、馬、獅子、猪、蛇、鶏、猫、魚)、その組み合わせ。

キックの動画があったので(4/22追記)

www.youtube.com

動物のポーズも(4/22追記)

www.youtube.com

2. コールターリ

木製武器。ロングスティック(4〜5尺くらい)が基本。次いで、ショートスティック、オッタ(曲刀)、ガダ(Gada/鉾)

  • オッタは、演武では牛の角のようなものを使用。これは急所を突く動作があり、その過程で解剖学を学ぶことになる。
  • ガダは、体の大きい人だけ学ぶ。
3. アンカターリ

鉄製武器。カッターラ(短剣)、盾と剣、槍、ウルミ(Urumi/曲剣)

  • ウルミは、ペラペラで丸まる剣。ムチのように使う(映画"Aśoka"で動画検索して見るのがわかりやすそう)。
4. ウェルムカイ

素手での格闘技術。

カラリ(訓練場所)について
  • カラリ(訓練場所)は半地下が多い。イギリス統治時代に隠れて訓練した名残という説。
  • 各自マイボトルにごま油を持参。練習前にオイルマッサージ
  • 治療院を兼ねている

演武

演武は、(恐らく)メイターリから。キックは、かなり高い蹴りをコンパクトに出す印象。型というより、ブラジル体操のように(伝わりますか?)歩きながら決まった蹴りを出していく。開脚できないとできないし、かなりバランスも養われていそう。

二人組でオッタの組太刀。ニディーシュ・カリンビル先生と浅見千鶴子先生による演武は、古武道の演武でありがちなゆっくりの示し合わせでなく、ちゃんとしたスピードと、しっかり打ち合わせていることがわかるもの。

ロングスティック。一本での振り、二本での振り。振りというか振り回し。客席まで風圧が来るくらいのスピード。続いて組太刀。これもスピードと威力のあるもので、パターンがわかっていても少し手元が狂ったら手を打って怪我しそうな勢い。攻撃を受けつつ(八卦掌のように)円を描いて下がっていくところなど、とても難易度高いはず。 なお、たまたま演舞した型がそうなのかも知れませんが、突き技は無く、打ちのみ。打ち方・受け方のバリエーションは多い印象(脚部狙いとか)。

最後に、ニディーシュ・カリンビル先生によるウルミの演武。これも早い。床が削れてました。

所感

伝統武術というものは形骸化したりスポーツ化したり色々厳しいものなのですが、今日拝見したカラリパヤットゥの動きはすごかったです。 格闘技なのか、武術なのか、というと色々(人によって)定義もあると思うので同列にはできませんが、「型」というものが、実用的な技と身体を鍛錬する意味の二面あるとして、少なくとも鍛錬の面で十分な効果を上げていることは見てわかります。

ちなみに、ニディーシュ・カリンビル先生のふくらはぎと前腕の細さにおどろきました。いや決して普通に細いわけではないし、体幹部の筋肉のつきは武術家のそれなのですが、あれだけの動き、特に武器をあれだけ扱う前腕にしては、ということです。

技としては、やはり蹴りが印象に残りました。足幅も広く、低い姿勢も多用し、中国武術でいうと北派の印象。

短い時間でしたが、大変良い機会をいただきました。ありがとうございました。

参考

www.youtube.com

究極の柔軟性としなやかな蹴り カラリパヤット入門 [DVD]

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kalari.boy.jp

カラリパヤット Kalarippayattuの諸相─南インド,ケーララ州におけるマーシャルアーツの実証的研究─

*1:Wikipediaにはドラヴィダ語と書かれていますが、マラヤーラム語(ケーララ州の言語)はドラヴィダ語族とのことなので、ここは同一視していいでしょう

*2:道場とも言っていましたが、道場は仏教用語だしややこしくなりそうなのでここでは訓練場所としました